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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)6305号 判決 1988年5月31日

原告 内田秀雄

右訴訟代理人弁護士 若梅明

被告 二光プラスチックス工業株式会社

右代表者代表取締役 川端繁男

右訴訟代理人弁護士 原哲男

同 伊藤薫

主文

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録二記載の建物を収去して、同目録一記載の土地を明け渡せ。

二  被告は、原告に対し、昭和六一年九月一日から前項の明渡済みまで、一か月金四万四〇二〇円の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  この判決は、第一、二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一項同旨

2  被告は、原告に対し、昭和六一年四月一日から前項の明渡済みまで、一か月金四万四〇二〇円の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は被告に対し、昭和三一年八月、別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)を、期間の定めなく賃貸し(以下「本件契約」という。)、そのころ引き渡した。

2  被告は、本件土地上に別紙物件目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有し、本件土地を占有している。

3  本件建物は、昭和一三年ころ建築されたものであって、現在では、土台杭等も腐食、破損し、屋根等も剥落しており、建物としての効用を失って朽廃しているから、本件契約は終了した。

4  被告の実態は、後記5の(二)の(2)のとおりであるから、実質的には破産であり、そのような事態に立ち至った直後に、本件契約は昭和六一年八月末日で期間が満了するから、このような場合は民法六二一条の準用によって、貸主は本件契約の解約申入をなしうるので、原告は、昭和六一年六月九日、被告に送達された本件訴状により、本件契約の解約申入をした。

5(一)  原告は被告に対し、本件第二回口頭弁論期日(昭和六一年八月二八日)に、本件契約の更新を拒絶する意思表示をした。

(二) 右更新拒絶には、次のとおり、正当事由がある。

(1) 本件建物の現状は、3記載のとおりである。

(2) 被告は、昭和六〇年九月一七日、芝信用金庫新橋支店にて第一回目の手形不渡りをだし、同月二〇日、第二回目の手形不渡りをだして、同月二五日、銀行取引停止処分を受けた。

被告代表者は、昭和六一年七月三〇日、それまで居住していた埼玉県所沢市内の自宅を、被告の債務整理のため売却し、現在、静岡県伊東市吉田に転居している。

従って、被告はその経済活動を停止しており、本件建物を使用していないから、本件土地を使用する必要が全くない。

(3) 原告には、独立して家庭を持つべき長男があり、右独立に適当な場所としては、本件土地の外にないため、原告は本件土地を使用する必要がある。

(4) 本件契約において、権利金等の金員の授受はない。

6  本件土地の賃料相当額は、昭和六一年四月一日ころで、月額四万四〇二〇円である。

よって、原告は被告に対し、本件契約の終了に基づき、本件建物を収去して本件土地を明け渡すべきこと及び昭和六一年四月一日から右明渡済みまで、一か月四万四〇二〇円の賃料相当損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  同3の事実は否認する。

3  同4で原告が主張する民法六二一条の準用を争う。

4  同5の正当事由の存在は否認する。

同5で原告が主張する具体的事由に対する被告の主張は、次のとおりである。

(一) 本件建物は朽廃状態になっていない。

本件建物が朽廃状態になったといえるためには、当該建物が自然の推移によって腐朽し、全体的にみて建物としての効用を果たし得なくなったような状態をいうものと解される。

しかるに本件建物は、トタン葺屋根もサビは多少目立つものの雨もりはしておらず、柱部分や基礎杭もしっかりしていて腐ったり、損傷したりなどしておらず、また外壁にも破損状況が全くなく、何ケ所かある建物の入口部分もきちんと施錠されていて管理上にも何らの問題もない。更に今後被告は、屋根や外壁に使用されているトタンの張り替えを計画している。このような若干の補修を行えば、本件建物は少なくとも今後一〇年以上は充分に建物としての効用を果たし得るものと考えられ、以上どのような観点から見ても本件建物は朽廃といえるような状態には全くない。

原告は、本件建物が昭和一三年ころ新築されたものと主張し、本件建物の不動産登記簿にもこの主張に沿うような記載があるが、実際には昭和一三年に新築されたのは、藤倉化成の社員寮の建物であり(登記簿上の所有名義人である兵藤茂寿は右同社の従業員であった。)、この建物については、被告が本件契約の締結直後の昭和三一年八月ころその全部を解体してしまったものであり、本件建物はその解体後の更地上に同年八月ころ被告が事務所兼工場に使用する目的で新築したものである。

なお、その際に本来なら旧建物の滅失登記と新建物の保存登記の各手続を踏むべきであったのだが、おそらくは登録免許税等の節約と手間を省く目的からこれを省略して旧建物登記の流用を行ってしまったものと考えられる。

いずれにしても本件建物は建築後三〇年あまり経過していることは事実であるが、被告が丁重に使用したため、前述のような現況にあるのである。

(二) 被告が、原告主張のとおり、銀行取引停止処分を受け、被告代表者が、原告主張のとおり、自宅を売却して被告の債務の弁済に充て、転居したことは認める。

しかし、被告は右処分によって経済活動を全く停止したわけではない。確かに停止処分の直後には、各債権者との折衝に奔走せざるを得なかったが、幸いにも被告には理解ある債権者が多かったことから、被告の再建について従前どおりの協力をしようという債権者が相次いで現われ、本件契約の期間満了時である昭和六一年八月末ころの段階では、被告の再建案、即ち、今後はプラスチック製品の製造部分は分離して外注扱いとし、被告は営業を中心とした同製品の商社的な販売会社として再興させ、かつ長期的には本件土地の借地権を利用して賃貸マンション経営などの多角的な経営戦略を展開するという案がほぼ具体化していたのである。また現時点においてもこの再建案を実施すべく被告の役員変更も済ませ、新たな出資協力者も得て着々と再建への途を歩んでいるのである。そして、近い将来には、後記の訴外会社に対する賃貸借契約を解約し、被告自らが本件建物の補修工事を行ったうえで本件建物を事務所兼商品倉庫として使用して右再建案の実施に踏み出す予定である。また、原告の了解を得て近い将来には本件建物の大改築を行い、一階の半分ほどを被告の事務所兼商品倉庫とする賃貸マンションを建築し、経営の安定化を画る計画も立てているのであり、そのための資金的な裏付けも着々と進められているのである。

被告代表者が伊東市に転居したのは、所沢市内に所有していた自宅を売却することによって、どうしても弁済を急がねばならぬ債務の処理を完結したいとの理由と、被告代表者がやや体調を崩したため、一時でも都心を離れて無分転換を行い、新たな気持で再起を期したいとの理由からであった。ところが、前述のように被告の再建案が軌道に乗り始めるとともに被告代表者の体調もほぼ回復してきたので、現在では週二回程度都心に出向いて再建案の具体化に向けて努力しているのが実状であり、近い将来には本件建物付近に賃貸マンションの一室を求めてそこから本件建物に通勤し、週末だけ伊東市の自宅に帰るという生活設計を立てている。

また、被告は、昭和六一年七月一日から、期間を二年として、本件建物を訴外工場倉庫建設株式会社に賃貸して、同社が倉庫兼事務所として使用している。

(三) 原告の自己使用の必要性は否認する。

原告は、本件土地の周辺に広大な地所を所有しており、原告の長男が、仮に将来独立して家庭を持つとしても、そのための住宅用地にことかくはずはない。

(四) 本件契約において、権利金等の金員の授受がないことは、原告主張のとおりである。

本件契約締結時ころは、賃借権そのものの経済的価値が高く評価されていない時期であり、権利金等の支払を要することなく、賃貸借契約がなされていた例も少なくなかったものであるから、本件において、右の点を正当事由の有無の判断について過大にみてはならない。

(五) 賃借権とくに不動産の賃借権は、我が国の取引社会においては一種の財産的権利として、またいわゆる底地権よりもはるかに価値の高い権利として位置付けられていることは周知の事実である。

このことは賃借人が個人の場合に限らず、本件のような法人の場合でも同様であって、ことに法人の経営が危機に瀕した場合などには、その賃借権を利用して再建策が練られることは日常茶飯事ともいえる現象である。

本件被告の場合も例外ではなく、現時点においては、本件賃借権と多数の取引先という、唯一残された資産を足掛りとして懸命に再建策を模索している途上にあるのである。

賃借人の側に賃料不払い、無断譲渡などの債務不履行がある場合に、賃貸人の側から契約解除をされるのはやむを得ないものといえようが、そのような不履行がない限り、独立の財産権として社会的に認知されている賃借権を賃貸人側の一方的な理由によって奪ってしまうことは許されないものである。

借地人の保護という借地法の精神は、本件のような事案にこそ生かされるべきである。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。

二  同3の事実を認めるべき証拠はない。

三  同4で原告が主張する解約申入について判断するに、被告が破産宣告を受けていないことは、原告の自認するところであり、後記認定事実によれば、被告は事実上の倒産状態に止まっているものである。このような場合に、民法六二一条を適用ないし準用する余地はないと解すべきであるから、右解約申入には効力がない。

四  原告主張の更新拒絶について判断する。

前記当事者間に争いのない事実によれば、本件契約の期間は、遅くとも昭和六一年八月三一日に満了するところ、本件記録上、原告が同月二八日に本件訴訟手続内で更新拒絶の意思表示をしたことが明らかである。

請求原因5の(二)の(2)の事実のうち、被告が手形不渡により銀行取引停止処分を受けたこと及び被告代表者が所沢市から伊東市へ転居したこと、同(4)の事実は当事者間に争いがない。右当事者間に争いのない事実と《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

被告は、昭和二七年にアクリル樹脂加工販売等を目的として設立された会社であり、当初は、本件建物を工場兼事務所として使用していたが、昭和四四年ころ戸田市内に工場を賃借して以降、本件建物を事務所として使用してきた。昭和四〇年代に入って、アクリル樹脂加工関係の業界は、業者の乱立等もあって、景気が悪く、オイルショック後は極端な景気の悪化に苦しんでおり、被告の経営も不振の一途をたどり、昭和六〇年九月に不渡り手形を出して、事実上倒産するに至った。被告代表者川端繁男は、右倒産にともなう負債の支払のため、所沢市内の自宅を売却して、伊東市内に転居し、現在は、生計のためアルバイトに出ている状態である。同人は、今後、資金援助を第三者からえて、従前の経験を生かしてアクリル樹脂販売のみの営業に絞って再起をはかりたい旨の希望を抱いているが、それとても、右営業の再開には本件建物の一部を使用し、他は第三者の資金によって賃貸用のマンションを建設したいという程度のものにすぎない。戸田市内の工場は倒産時に人手に渡ってしまい、右川端は既に六五歳に達しており、被告には同人の他に代表取締役が就任した旨の登記がなされているが、現在まで営業再開がなされる気配はない。被告は昭和六一年七月一日、本件建物を工場倉庫建設株式会社なる会社に、いつでも返還するとの約定の下に、倉庫として賃貸し、同社は機械やボード類の保管場所としている。

以上の認定事実によれば、被告は、本件建物を事務所にして、営業活動をしていたが、昭和六〇年九月に倒産して以来、本件建物を使用すべき営業活動の実体を喪失したため、これを放置し現在に至るまでその状態が継続し、今後も同様であると推認され、本件明渡訴訟提起後、期間満了を目前にした時期に第三者に急遽賃貸したにすぎないから、本件土地上に存する本件建物を所有ないし使用する必要性を失っているものであるから、本件土地そのものを使用する必要性もなくなっているものというべきである。また、本件契約において権利金等の金員の授受がないことを考えると、本件建物の換価をはかる途が被告に残っていることをもって、被告には本件土地を使用する必要があるとみることは相当でない。

五  以上によれば、その余の点について及ぶまでもなく、原告のした更新拒絶の意思表示には正当事由があるから、本件契約は昭和六一年八月三一日の期間満了によって終了したものであり、請求原因6の事実は《証拠省略》によって認められるから、原告の本訴請求中、昭和六一年八月三一日までの賃料相当損害金の支払を求める部分は理由がなく棄却を免れないが、その余の部分は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九、九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 楠本新)

<以下省略>

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